07/05/15
環境問題は株価材料か
結論を先に。「もはや無視はできません」。環境投資とかCSRとかについては、「コストがかかって収益の足を引っ張る」という投資家の考えが20年ほどの長きにわたってはびこっていました。そしてそれはその通りでした。しかし今や広義の社会的費用を支払わない企業は格下げ、かつ投資家には見放されるようになりました。逆に企業の信用、信頼度は環境対策をしっかりする企業で高まっているようです。早い話、ゴミを分別して廃棄できる住環境と、ゴミを今までのようにただ一緒くたにして捨てるような住環境と、どちらが「住みたくなる街」でしょうか。CO²の地球環境に与える影響が脅威となってテレビで毎日のように放送されています。環境はひと事ではなくもはや自分ことになりました。
今日では、環境問題はかつてのような大気汚染といった狭義の問題ではなく、農作物、資源保護のみならず貧困とか差別、健康や安全の面にまで拡大しています。環境対策投資は主として企業のモラルに訴えてきて法的には縛れないこともありました。まして、投資の格付けなどは「データではそろえられない」と言う事で、評価の対象にはならなかったのです。環境対策を声高に唱える企業がいい企業ともいえたのですが、実際は環境対策は有言実行でなければならず、宣伝だけしているのでは評価されません。かつて消費者が身近な環境問題にこれほど神経質になったことは無いでしょう。原材料を調べて人体に優しいものを採用するといった食品や薬品会社の態度を評価しなければなりません。ということは投資家も環境対策で実効を上げている企業を見分けなければならなくなりました。
大金を使ってゴルフトーナメントのスポンサーになったり、オペラの支援をしたりする企業は多々あります。仕掛けが容易だし、それは宣伝にも使えるからです。ところが輸出先の国の貧困な町などに医療設備を無料で提供することなどはしにくいものです。あまりメデイアも取り上げてくれないし見返りもはっきりしない。しかし今やそのような非効率的な地味な事業にも取り組む企業が出てきているのです。「企業は社会的動物」という派がいます。それに企業は「ステークホルダー(利害関係者)のもの」という見方もあります。企業はただ「単に株主にもの」ではないと、今流行りの「株主のために経営しろ」という風潮にクギを差す人もいます(ロナルド・ドーア)。
ルールを守らないで組織ぐるみで違反をして、ばれたら「世間をお騒がせしました」などと頭を下げる経営者があとを絶ちません。ルール違反にならないからといって市場で資金を集め無理やりの買収を仕掛けて「株主のための経営を邁進する」などとうそぶく経営者たち。資本主義のあり方は多様ではありますが、係わってくる人たちが、経営者であれ、勤労者であれ「幸せで生きがいのある人生」がおくれるかどうか、環境問題はその鍵を握っているような気がします。環境対策を怠れば、いずれさらに高いコストの負担が待っているわけです。この原稿を執筆中に「規定の4倍の農薬を使ったイチゴ」が槍玉に上がりました。ばれなければ平気ということかもしれません。しかし消費者はそのブランドのイチゴには手を出さないでしょう。売らんがために手を付けた生産環境の違反が、何倍ものしっぺ返しを食らうことを(当然分かっているはずなのに)その農協はいまさら学んでいます。
アメリカには1995年からイノベストという格付け期間があるようです(日経ビジネス2月5日号)。そこでは一般的な財務指標のほか、エネルギー使用、健康・安全面での実績、訴訟、労働施策、サプライヤーとの問題に対処する仕組みといった120の要素を研究して2,200社に対しAAAからCCCまでの格付けをするという。まるでSP社のようです。日常の投資に役立つかはいまだ不明ですが、上記のような非営利的な要素までも取り上げざるを得なくなった時代になったと考えざるを得ません。いま経営哲学の方向転換が求められています。また投資価値の計算のしなおしも必要でしょう。
更新日
2007年05月15日 火曜日
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