07/10/30
企業文化か企業体質か
多かれ少なかれ企業は独自の性格を持っています。法人格というくらいだから人格のようなものかもしれません。私たちは企業価値に迫る場合は、損益計算書とバランスシートのみならず無形の価値というものにも配慮しないと大事なものを見失うことになります。むしろ企業の性格を見極めるのが経理の数字を読む上でも必須ということになります。あるコンピューターメーカーは、その後半導体のメーカーに体質を変えましたが、年度始めの利益予想を必ず低めに予想していました。毎年そうするので、アナリストは諦め顔で「また低めに押さえてきた」と決算発表後にぼやいていました。その会社は保守性がいいことだと思っていたようです。逆に毎年多め多めに予想利益を発表するところもあります。そうなると慣れてしまったアナリストは自分で修正して予想を出していました。
アナリストはデータベースを持っていますので5年でも10年でも予想と実際とのギャップを追跡できるのです。私たちも、マニアックのようですが、会社情報さえあれば会社の予想と現実の利益を一年ずらして比較してみることも出来ます。また毎年の行事に参加して経費を使う企業もあります。実業団野球チーム、外国のアーチストの招聘、ゴルフのスポンサーなどに「広告のかわり」だとして資金を投入しています。実際にはどのくらいの広告効果があったかはなかなか実証されません。と言うことで、不況が到来したらさっさとスポンサーを降りてしまいます。毎年、新しいスポンサーと古いスポンサーが入れ替わる。企業の栄枯盛衰のあらわれですね。
さて、本題ですが、私は「不祥事がでやすい企業はそういう体質だ」と思っています。一度不祥事が表面化しますと、何度も同じような不祥事がでてきます。根が深いのです。タイヤの被害、新薬の副作用、損失補てん、セクハラの裁判、官民の癒着、枚挙に暇がありません。私は一度そのようなスキャンダラスなニュースがでたときは、しばらくその銘柄への投資を控えてずいぶんと助かりました。染み付いた体質、倫理観の不足、チェック機能の不在などは、なかなか変わるものではありません。事件を契機にトップが替わる、しかし新たなトップもまた社内の部下から選ばれている。同じ考えの人のかたまり。社長人事も重要な要素です。
良かれ悪しかれ企業の性格は文化として世代ごとに継承されます。情報を出さない内向きな会社とか、ワンマンのリーダーが会長に退いたにもかかわらず、成績不振でまた社長に返り咲く。誰が社長になってもしっかりと収益をあげているとか、よく社員は「うちはこういう会社だから」と歴史を振り返ります。私たち投資家はその企業の文化を理解して投資することが肝要です。最近では顧客を犠牲にして儲けを図っている損害保険会社が目に付きました。それも企業文化なのでしょうか。社外取締役を持たない大手企業は「専門知識の無い社外役員を持っても役に立たない」と言って避けていますが、実はこれが飛んだ勘違いなのです。この企業は内向きに過ぎます。社外重役の役目は「広告塔」でもなく「生産指導」「販売促進」でもない、株主に代わって客観的な目で“企業倫理”を“株主の利益”を守る役割を担っています。どうしてそのような企業の利益と衝突する役割を内なる重役がになうかと言えば、お分かりのように企業は「自己をコントロールする良心」が生まれないからです。金儲けができれば多少のことはお目こぼししてもいいのではないか、などと甘い考えをもつ役員が多すぎるからです。投資家、株主の信頼を得て長く繁栄するためには、自己を規律させて評判を得ることがいかに大切か、世界の一流企業を見れば悟るはずです。
更新日
2007年10月30日 火曜日
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